鋭すぎる父の切れ味

これはまだ世界が平和だった頃の話。

連休を迎える数日前、母からのメッセージが届いた。

「父は中国へ旅行、私は友人とお出かけ・・・で、あなたはどうするの?」と。

どうするのって?
いやいや、どうもしない。
いつも通り東京で過ごすだけだ。

昨日も中野駅近くの劇場で芝居を観てきた。
けれどその芝居、正直ひどかった・・・。

中学生の学芸会にでも付き合わされたかのようなお粗末な芝居。それが2時間10分も繰り広げられたから軽い拷問のように思えた(言い過ぎてごめんなさい)。

けれど、それだけならまだよかった。問題は後ろの席に陣取った四人家族。そこのガ・・・いやお子様が芝居中やけに騒がしかった。

始まって五分もしないうちから「ママぁ、もう出たいよぅ」と騒ぎ始めたから、いやもう無理じゃん、絶対無理じゃん、二時間もつわけないじゃん、なんで連れてきたの・・・?と疑問に思った。

いったいどんな顔をしているんだこの四人家族?と気になるものだから後ろをチラリ、と見ると父親と目が合う。が彼ときたら天気の良い日の南極くらいに無表情。むしろ「騒いで悪いか?」とでも言いたげな涼しげな顔をしていた。

え、永久凍土・・・!?決して溶けやしないやつだ。揺るぎない岩盤の上に作り上げられている。

そうこうしてる間も舞台上ではダラダラと相変わらず学芸会的な退屈な芝居が続けられている。どうやら物語の中では世界を守る為に正義が悪と戦っているらしい。

世界・・・と来たか。やけに規模が大きい。その割に戦いの舞台は都内の、それも吉祥寺周辺に限られるというんだから意味がわからない。というか設定がよろしくない。もう少し脚本を練った方がいいかもしれない。

ところで舞台で演じている役者達、どうみても全員がいわゆる文化系。体育会系とはちがってひょろひょろとしている。

そのせいでどうにも動きが鈍く戦闘シーンでは切れがない。そして勝利を納める度に行う“決めのポーズ”は片足で立つせいで毎回ふらついている。ねぇ、無理しなくていいよ、両足で大地を掴もうよ・・・。ついついアドバイスを送ってあげたくなる。

すると後ろのガ・・・お子様、「つまんなーい!」と正直な感想。

正論を正論として正直に言えるのは子供の特権だ。普段の会社員生活から、ついついうらやましく思ってしまう。けれど、ここは劇場内だ。うるさいしうざい。どうして隣にいる両親は注意しないんだろう。

それからはもう足をバダバタ、手をタンタン、唇をブルブルと音を出しまくるから、ああ、親の顔が見てみたい・・・と振り返ってみると簡単に願いは叶う。そして彼らは知らん顔をしている。

ああ、こりゃダメだ・・・・『親の顔が見てみたい』の後に続く言葉があるなら教えて欲しい。『親の顔が見てみたい、見て悟ったら、どうぞ殴ってさしあげなさい』とかないんだろうか。見るだけじゃ何の役にも立ちはしない。

これじゃ日本の未来は暗いな・・・。

と思っていると今度は母親、何を思ったかビニール袋の中身をガザゴソ音を立てながら探り出す。そして取り出したスナック菓子を人口を増やすためだけに自分が産み落としたガ・・・子供に食べさせた。静かにさせる方法が間違っている・・・。そもそもここは飲食禁止だ。というか、せめて音の出にくい食べ物を選んで欲しかった。

当然、しつけのなっていないガ・・・お子・・・いや、ガキは“遠慮”なんて言葉を知るはずもないからシャクシャクと盛大に音を出して食べ始めた・・・あーもう、おまらうるせぇよ!もう出ていけよ!と元々集中できない芝居が余計に集中できなくなって頭の中で叫びを上げる。

実は自分は結構キレやすい。

ここで少々話が変わるけれど、そもそも我が家の家系(ん?頭の頭痛?)は伝統的にキレやすいようで、父などは新品のカミソリくらいにキレやすい。子供の頃に見ていた彼は暴君以外の何者でもなかった。

機嫌が悪ければ怒声をあげ、椅子を投げては壊し、さらに隣の椅子を投げては壊しを繰り返す椅子ブレイカー(椅子の英語ってなんだっけ?)であったし、幼い頃の自分は何度も蹴り飛ばされたから子供キッカーでもある(子供はチャイルドだ)。

そんな父の血を引く自分は当然怒りへの沸点が低く、なんとか我慢しながらも、さすがに一時間半を過ごした頃には怒りの温度は90℃辺りにまで来ていた。そして・・・「ママぁ、トイレ行きたいよー」とガキが足をバタバタ鳴らし始めた時、ついに怒りは100℃を超えた。

こういうのはタイミングを逃すと言いにくい。だから即座に振り向き、バカなガキのバカな母の腕をポンポンと軽く叩いて注意をこちらに向け、けれど声には重みを持たせ・・・

「ねぇ、うるさいですよ。出ていった方がいいんじゃないですか?」と努めて冷静に言ってさしあげた。

すると・・・

「すいませぇ~ん」と全然すまなそうじゃない声と顔で答える母親。そして無表情で相変わらず涼しげな父親。顔の上でペンギンでも飼ってるのか・・・。こいつに地球温暖化なんて問題はまったくもって関係ないな・・・。いったいどんな生き方をしたらこうなるんだ?

注意してみたものの余計に腹が立ってしまう。そして気分が悪い。そんな不穏な空気を察して「ねぇどうしたの?」と、さらに大きな声を出すガキ。

ああ・・・これはもう手に負えない。

と思ったものの、いつのまにやら学芸会は終わりを迎えていて、舞台の上では役者達が整列していた。やれやれ、ようやく解放される・・・。

舞台に目を向けると、明るさを増した照明の下、役者達は舞台の前方ギリギリ、客席のすぐ近くまで来て挨拶をしている。距離が近くなったことで、彼らの格好が嫌でもよく見えるようになった。

足に付けたアルミホイルで作られた銀色のガード、厚紙でできた剣、衣装としてまとっているただの布切れ・・・子供騙しな格好・・・けれど、その子供すらも騙しきれずにすっかり飽きられ、そして呆れられている。悲しいくらいにみすぼらしい・・・。

世界を救う前にまずは君達自身を救って欲しい。そしてこの僕を。

いずれにしても切ないくらいに切れ味のない、そして安っぽいお芝居だった。

劇場を出て携帯電話の電源を入れると母からメッセージが届いていた。

確認すると・・・

『パスポートの期限が切れていたことが発覚。父は明日からの旅行に行けなくなりました。お金の払い戻しもできないみたい』

ああ、オヤジ・・・。

色んな意味で切れすぎだ・・・。

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