しっとり

家のシャンプーが切れた。

いや、別に急に生物でもないシャンプーが怒り狂って我を忘れたわけじゃない。

ちなみに広辞苑で『切れる』を調べてみると『我慢が限界に達し、理性的な対応ができなくなる』と書かれてあることを改めてお知らせした上で書くと、つまり無生物であるシャンプーが理性的な対応ができなくなってしまったわけじゃない。

ただ、体の中に蓄えておいた汁を、頭に付いた突起を押されてもその先の穴から出せなくなっただけだ。

うん。
間違ったことは書いてないと思うけれど、どうも表現の仕方が違うような気がする。

けれど、まぁいい。

つまりシャンプーがブチ切れたので慌ててドラッグストアに走り、変わりの汁満タンの・・・つまりは満汁のシャンプーを買いに行くことにした。

うん。
間違ったことは書いてないと思うけれど、どうも表現の仕方が卑猥な気がする。

けれど、まぁいい。

とにかく慌ててドラッグストアに行き、同じ銘柄のシャンプーを探しあて、『しっとり』なのか『サラサラ』なのかで少々頭を抱えることはあったものの、最終的には『しっとり』のシャンプーを無事購入し、そしてその達成感から帰りはしっとりを手にゆっくりと家へと帰った。

正直自分の髪に『しっとり』が合っているのか『サラサラ』が合っているのかは何十年も彼らと共に過ごしてきた今でもわからないし、その謎を残したまま静かに少しずつ去ってもいっているから、これはもう永遠の謎のままなんだろう。

そんなことを思いながらシャワーを浴びるためにシャンプーを袋から取り出してみると、シャンプーだと思っていた『しっとり』は実はコンディショナーで、「おまえ!なにこっそりと騙してくれてたんだ、おい!」といわれのない罪を着せてみたものの、相変わらず奴ときたらしっとりと立ち尽くしているだけで、無実であることを浮かべた表情を崩すことはなく、むしろその罪は完全にこちらにあることを自他共に認めるという空虚な時間が数秒流れた。

えっと、つまり、シャンプーだと思って買ったボトルは実はコンディショナーで、自分は間違えて買ってしまったということを上記のように長々と書いてみた。

などと解説している場合ではなく、実はそのとき、夜の8時50分。店は9時に閉まる。

ということは、10分以内にこのコンディショナーを返品して新たなシャンプーを手に入れることができなければ、髪の毛を洗うことはできず、汚れた髪をコンディショナーで包み込むことしかできず、さらにその上から新しいコンディショナーでしっとりと潤いを与えることになってしまう。

そんな重犯罪を犯すわけにはいかない!

と急いで脱ぎ捨ててあったパンツに足を通して店へと走った。
そう、男たるものいついかなる時でも紳士であるべきだし、ドラッグストアには裸で行くべきではない。

幸いお店はまだ開いていて、コンディショナーも無事シャンプーへと交換することができた。

まったく、やれやれだ。

そんな帰り道、中年の後半にもなって独身の自分はふと想像する。

こんなとき、もし自分が既婚者だったなら「なにバカなことやってるのよ」ともうすっかり新鮮味もない、乾いた関係になってしまった妻から乾いた言葉でも投げかけられてしまったんだろうかと。

そして次には「そんな乾いた関係を潤すために『しっとり』を買ったんだ」と誰にも聞かれないようこっそり呟くんだろうかと。

・・・なんてことはサラサラなかった。
けれどどうやら自分に合っているシャンプーは『しっとり』らしい。

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