夜陰にまぎれ、トマトはそっと頬を赤らめる

一昨日トマトを2つ買った。

トマトのことは結構好きで、クラスメイトであれば「あっちがこっちのことを好きなんだったら、こっちだってあっちを好きになってもいいんだけどな」と友人達に漏らすくらいには気になる存在で、リコピンの優しさはデコピンを受けた額の痛みを和らげる作用があるんだろう、くらいには信用している。

正直、年末は忙しすぎてこんな感じの適当な文章を書きながら自分を慰めている。

そんな忙しい自分だから、買ってきたトマトには無造作に塩を振り、そのままかじって食べたけれど残念ながら期待するほどには美味しくなかった。たぶんまだ熟していなかったんだろう・・・。

「ったく、この出来損ないが!」

と昔よく父が自分に吐きかけた言葉を思い出してつい舌打ちが出る。

「お兄ちゃんは出来がいいのにおまえはダメな奴だな」

と確かそんなセリフも言われた気がするなと暗い過去の記憶が頭をよぎる。

すっかり食欲をなくしてしまい、もうひとつのトマトはそのまま放っておいた。

すると今朝、ふと台所の隅っこを見ると、出来損ないのはずのトマトが真っ赤に熟しながらその存在を猛烈にアピールしていた。

ああ、おまえは僕の知らないところでそうやって・・・

と、その頬を赤らめたなんとも健気(けなげ)な姿が無性に可愛くて「僕はもうおまえを食べちゃいたいよ」と中年男性特有のねっとりとしたいやらしい欲望を表す言葉が真っ先に頭に思い浮かんだのは正に自分がそのいやらしい中年男性そのものだからだろう。

けれど・・・

「ごめん、今朝は時間が無いから食べている時間がないよ。悪いけど僕が家に帰るまで待っていてくれないかい?」

と朝の忙しさを理由にトマトが納得できるようなセリフを一気に心の中で言い捨てて家を出たのも、やっぱりある程度性欲が減退した中年男性だからだろうか。

半日後、僕は一日の仕事を終えてぐったりしながら家に戻り、ぐっちょり溢れる欲望を解放するかのように彼女・・・いやトマトに手を伸ばし、何かを発散するかのように無遠慮に激しく歯を立てながらその赤い身をむさぼり食べた。

けれど今度は熟しすぎたせいなのか、もしくは元々そうなのか、結局トマトは全然美味しくなかった。

「まったく、出来損ないはいつまで経っても出来損ないだな」

と遺伝が為せるワザなのか、自分もいつかの父のような心無い言葉をトマトに吐きかけたのだった。

そんなトマトの話。

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