“事実は小説よりも奇なり”
というのはイギリスの詩人バイロンの言葉。
原文では「Truth is stranger than fiction」、直訳すると「真実は作り話より奇妙」といったところだから「事実は小説よりも奇なり」というのは、なかなか良い訳し方だと思う。
ところでいつかの話・・・
仕事で千葉に行った帰り道、関係会社の担当と二人きりで三時間程かけて東京に向かっていた。
普通、それほど親しくもない二人が一緒に過ごす三時間なんてやけに長く、さらにはやけに苦痛に感じ、早く時が過ぎ去ることだけをただただ祈るばかりなのに、この担当の人、口を開けば自然と言葉が出てくるタイプの人で、三時間はなんの苦もなくすみやかに過ぎていった。
運転も担当してくれた彼は軽快に車を走らせながら、同時に軽快に話をした。
車の進行を遮るもののない高速道路を走っているせいか、彼の話も何物にも遮られることなく突っ走り、気付いた時にはやけにプライベートな、そしてやけにデリケートな話題へと車線変更していた。
彼には中学三年生になる男の子がいて、その年頃にふさわしく反抗期を迎えているそうで、最近では会話もないという。
そして複雑なことには・・・
実は彼、十年ほど前に結婚したのだけれど、その時奥さんが連れてきたのが当時五歳だったその男の子だという。当然、五歳であった男の子は本当の父親が誰かということはわかっている。
それだけに反抗期を迎えた子供にどう対応していいのか悩んでいるということだった。
そんな彼、実は結婚する前、奥さんにこう言ったそうだ。
それは・・・
「俺はおまえと結婚しても、おまえとの子供はつくらない。それでもいいなら結婚しよう」
という言葉で、それはつまり・・・
もし彼が奥さんとの間で子供を作ってしまうと、奥さんが連れてきた子を愛せなくなってしまう。それだと連れてきた子が可哀想すぎる。だから子供は作らない。という意図からだったという。
まじか。
ぐっときた・・・。
信じられないくらいに男気に溢れている。溢れすぎて横で聞いていて溺れそうになった・・・。
そんなこちらにはお構いなしに彼はさらに続けて話す。
つい何カ月か前に彼、少々忙しくて体調を崩したという。
ちなみにこの“少々忙しくて”という状況になる原因を作ったのは自分の会社のせいだけれど、それはまた別の話。
とにかく彼・・・
体調が悪く、仕事のトラブルも抱え、息子の反抗期もあり、ついイライラとして奥さんとケンカをしてしまったそうだ。
ところがそのケンカ、どんどんエスカレートし、ついには「わかった。じゃあ別れるか?」といった言葉を発するところまで行ってしまったという。
するとその時・・・
それを聞いていた例の彼の息子が彼のもとに来て、泣きながら訴えたそうだ。
「父ちゃん、俺を捨てるの?俺を捨てないでよ」と。
そこで彼・・・
「馬鹿野郎!なんで・・・なんで俺が・・・俺がお前を捨てるわけないだろう!」と、そう言ってあげたそうな・・。
結婚前に奥さんに告げた言葉、男の子の気持ち、彼の思い・・・色々と考えてしまい、どうしようもなく感情が渦巻いた。
そんな熱い話を彼は、車を運転しながら、ただただまっすぐ前を見ながら、淡々と語るものだから・・・
泣かす気かよ、おい!
と、こちらは口が達者な方ではないので、ただ心の中で叫ぶことが精一杯だった。
“事実は小説よりも奇なり”
バイロンの言うとおりだった。
芯から発する熱で心のシワを取り除いてくれるような手際はさすがバイロン・・・あ、いやシワを取り除くのはアイロンか。
って、締めの言葉に無理があるのはお酒を飲み過ぎたせいかも。
けれど、
これにてバイバイロン・・・。