西表島の王様は今日も船に揺られてパチンコ屋へ向かう

これは何年も前の話で、自分がまだ国内営業をしていた頃の話。

その頃自分は何度か西表島に行っていた。

ご存じかと思うけれど、一応書いておくとこの西表島、『いりおもてじま』と読む。

太陽が西に沈むから、つまりは日の入りが西だから“西”“入り”と呼び、そしてその昔、琉球王国の貿易拠点であり、表玄関であったことから“表の島”であり、そんなふたつが合わさって“西表島”という名前になったそうだ。

そんな西表島には自分が“王様”と心の中で呼んでいるお客さんがいる。もちろん本物の王様じゃないし、本人にもそんなこと言いやしない。

なにしろこの王様は王冠なんて被っていないし、マントも着けていない。ブルマ風のズボンも履いちゃいないし、ヒゲを偉そうにカールさせながら上に向けたりもしていない。むしろ生やしてさえもいない。

けれどやっぱり彼は王様だと思っている。

なぜなら王様は、何もなかった西表島にホテルを建て、レストランを作り、お店を立ち上げた。そして苦労しながらも成功させて大きな財産を築いた。

だから沖縄ドリームを叶えた西表島の王様だと思っている。
そして王様は我が社の超お得意様でもある。

そんな王様はちょくちょく電話をかけてくる。
多い時には一日に四回も五回も。

なにしろ今となっては王様は王様でいることだけが仕事で、ほとんどのことは社員がしてくれる。だから暇でしょうがないらしい。

そのせいで・・・

「なぁ暇だからちょっと来いよ」

・・・と東京にいる自分を、そこから何百キロと離れたはるか遠くの王国から、まるで近所のコンビニに呼び出すかのような軽い調子で誘ってくる。

この常識外れなところも王様らしい。

当然、返す言葉は「無理ですよ急に。遠いですし・・・」となるわけだけれど、王様は聞く耳を持たず、むしろ若干キレた様子で「何言ってんだよ、近いだろ。それに俺はおまえの一番の客だぞ。すぐ来いよ」と返してくる。

まぁそうなんですけどね・・・。

このわがままな感じも王様と呼ぶにふさわしいと思っている。

それにしても王様にかかればはこの途方も無く遠い距離も、ほんの5分歩いただけの駅前の居酒屋くらいの近さにされてしまうんだからさすがとしか言いようがない。

なにか用事があれば行ってもいいけれど、何もないのに出張で行くわけにはいかない。なにしろ雇われの身のサラリーマンなんだから。もちろん用事があれば喜んで飛んでいく。

ところで、そんな王様は大のパチスロ好きだ。

パチスロさえできれば満足だし、毎日それだけしていればいい。お金は恐らく有り余るほどに持っている。

ところが西表島にはパチンコ屋がない。

だから毎日、船に乗って、片道50分程かけて、日本で一番美しい、そしてどこまでも澄んだ青い海を越えて石垣島まで行く。パチスロをするためだけに・・・。

朝から夕方まで勝負して、その後夕陽と共にその沈む先、西表島へと、また船に乗って帰っていく。

日課だ。
ほぼパチプロだ。

だからこちらが石垣島に行くと、まずはそのパチスロに付き合わされる。平日の昼間から。

「仕事があるからちょっと今日は」と断ろうものなら・・・
「バカか。俺とパチスロ打つのが仕事なんだよ」と一喝される。

けれどそもそもパチスロをしている間、二人の間に会話はない。互いに自分の台に集中してるだけだ。

だから・・・

「だけど別に、打ちながら会話なんてしてないじゃないですか?」と疑問に思ったことをそのまま口にすると・・・

「いいんだよ、別に会話なんてしなくても。同じ場所にいるだけでいいんだ。それに、たまに目が合うだろ?」となんだか恋人同士のようなことを言う。

ついポッとなる。

いや、ならない・・・。

それで今度は「けどパチスロで負けた金、会社の経費で落ちないんですよ・・・」と、さらに思ったままを言ってみると・・・

「負けるからダメなんだよ。負けなきゃいいんだ」と反論のできない独自の哲学を語られることになる。

まぁ、そうかもしれないけど・・・。

どうにも腑に落ちない。けれどどうやら王様の辞書に『負ける』という言葉は存在しないようだ。

そして実際、勝つまで止めないんだから負けはしない。王様に資金は無限にある。

お金はいつだってお金のある人の元に集まる。

つまり王様はそんな人だ。
そうやって今の財産を築いてきた。

あるときにはこんなことがあった。

王様所有のレストランでの食後、王様所有のカフェバーでカクテルを飲んでいた。

星が信じられないくらいに綺麗で輝いていて「お知らせします。実は十二星座は間違いで、二十四星座あることがわかりました」と臨時ニュースが出されても素直に納得できるくらいに星の数が多くて美しかった。

そこへ「あの雲みたいにもやもやしているのが天の川だ」と王様が説明する。

そして次の瞬間、王様はスタッフに店の電気を消させ、天の川はその星の数を増やし、さらに輝きを増し始めたから・・・

ボクは恋に落ちた。

って、いやいや、そうはならない。
ならないけれど王様、急にくどきのテクニックを使うのはやめてほしい・・・。

またある時は王様、こう言った。

「早く出世しろよ。出世してお前がお前の会社を変えろ」と。

グッときた。

「がんばります」と小さく答えたような、もしくはその言葉をただ飲み込んだだけだったような・・・よく覚えていない。

そんな素晴らしい夜を過ごした。

そして迎えた出張最終日となる朝。
その日は午前中の船で西表島から石垣島に渡り、そこから飛行機で東京に帰ることになっていた。

王様は、出張を延ばしてまだまだ遊んでいけよと何度も言うけれどそうもいかない。そうもいかないので、すいません、と断ると「そうかわかった。じゃあ次の船で帰れ」と急に帰りを早めさせるような意地悪なことを言う。

そもそも突然帰れと言われても困ってしまう。なんなんだこのツンデレは・・・いや、デレツンか。

まぁいい。
やっぱり王様らしい。

そんな王様と自分の関係がいつまでも続けばいいなと願ったある夏の出張だった。
けれど、あれから何年経っただろう。

自分はそれほど出世していないし、会社を変えようなんて考えたことすらない。

むしろ自分のいた部署は不採算部門として整理されてしまい、今となってはもう存在しない。王様に売るべき製品はもう作っていない。接点がなくなってしまった。

けれど、今でも時々王様から電話がかかってくる。

「おい何してんだ?今から西表島に来いよ」と。

おすすめの記事