“山頭火(さんとうか)”
・・・というラーメン屋がある。
知ってる人は知っている、知らない人だってまぁなんとなく知っている、そんな有名店だ。
初めて食べた日、何も知らずに醤油味を選択し、その平凡な味に平凡な店だと判定を下した自分は井の中の平凡以下な蛙だった。
この店は塩味のラーメンが抜群にうまい。
という情報を得ての二度目の訪問時、今度は迷わず塩味を頼んだ。
そうして待つことしばし、出てきた小ぶりな容器に顔を寄せ、白濁するスープに鼻を寄せ、香る匂いに心弾ませ、声忍ばせて「召しませラーメン」とつぶやきながらレンゲでひとくちその味を確かめたその瞬間・・・
僕は恋に落ちた・・・。
それはもう本当に一瞬の出来事で、アメリカ映画の初対面の男女だってもう少し時間をかけて丁寧に恋に落ちるぞと叱責したくなるほどの唐突な落ち方だった。
そうやって自分は何十回目かの恋に落ち、その相手はついに人ですらなくなったわけだけれど、まぁ仕方がない。そういうときも来る。
それくらいにこの塩味のラーメンはうまい。
スープの奥深さときたら、時代劇でいうならば、そこってもう城の向こう側に出ているのでは?と思うくらいに大奥の更にその奥だし、細い“ちぢれ麺”ときたら、夜毎繰り広げられる疲れ知らずの男と女の“秘めごと”のようにスープと絡みあっている。
ちなみにこのラーメン、塩味だからって単なる塩ラーメンじゃない。
実はスープのベースになっているのは豚骨だ。豚骨スープを塩で味付けている。
だからこその深みだ。
深海で泳ぐブタの群れを想像してほしい。
きっとわかりやすいと思う。
(Thinking time)
・・・ね?
それが山頭火だ。
さて、
そんな山頭火でひとり夕飯を食べていたときのこと。
若手サラリーマンが二人やってきて、カウンター席に並んで座った。
山頭火は初めてらしく、塩味がうまいとは知らない様子で、けれど導かれるように塩味を注文した。
そうしてラーメンの着丼(そんな言葉ある?)を待つ間、会社の話などをしながら時間を潰していた彼らの前に塩味ふたつ・・・
ドン!
ドン!!
とすでにそのとき、その味のすごさがわかっている自分には迫力を持った音が聞こえてきたけれど、実際はどうだかわからない。丼がカウンターを打つ音も“増し増し”で聞こえただけかもしれない。
その証拠に彼らは平気な顔して話に夢中になっている。
けれど・・・
「いや、それでね」
なんて言いながら麺をひとくち「あいつこないださぁ、会社・・・うめっ」食べた。と同時につい感嘆の声をあげてしまう彼。
それを見ながらもうひとりも食べ始「え?な・・・うわ、うめっ!」めた。と同時にやっぱり驚きの声をあげる。
そうなるともう会話にならなくなった。
「んま、うめ、んま」
「まじ、やべ、うめ」
「うわうめ」
「やべうめ」
いや、うるさいうるさい・・・(笑)
麺をすする音と『うまさ』を自分以外に告げる言葉がただただコラボしていく。
サラリーマンとラーメンが作りだす幸せのスパイラルの完成だ。つまりは『サラリーメン』だ。
・・・単なる複数形になった。
いずれにしても、美味しそうに食事をしている人を見ると幸せになれる。
そして・・・
自分も食べたくなる。
そう、
なぜか自分はその時、
塩味とは関係のない、
そして特においしくもない、
平凡な味の“つけ麺”を食べていた。
泣けてくる。
むしろ流した涙で塩スープを作ろうか・・・。