乙女が嗅ぎつくヘルメットのにおい

B!
金曜の午後。 表参道のカフェで本を読んでいた。 別にカッコつけていたわけじゃない。 ただちょっと見た目を気にしていただけだ。 つまりは結局、格好をつけていたというわけだ。 さて、そんなカフェ・・・ 隣の席には女子大生二人組がいて、 そこまでの距離は30センチ程だった。 ちょっと手を伸ばせば簡単に手が届く距離だし、 それはつまり望めば簡単に警察のお世話になれる距離だった。 いやもちろん女子大生に触る気なんてさらさらない。 だって他の客の目があるから・・・。 いや、そういうことじゃない。 ばれないところでしか犯罪はしませんという話じゃない。 いずれにしてもそれくらい近い距離に肌がピチピチなうら若き女子二人がいた。 だから会話だって丸聞こえだったし、 思っていたとおり恋愛話で盛り上がっていた。 そう、思っていたとおり・・・。 基本的に女子という生き物は話している内容の50%が恋愛話で、20%は食べ物についてか芸能人についてか怖い話で、残りの30%は誰かの悪口だ。 すいませんウソです。 完全に偏見だし勝手な思い込みだ。 冗談として許してください。 いずれにしても隣の会話が聞く気はないのに勝手に聞こえてくる。 こんな感じで・・・ 「こないだ渋谷でお笑いライブ観に行ったら、ちょータイプの芸人が出てたのね」と今どきの華やかな女の子、A子(仮)が話し出す。 「うんうん」とうなずく可愛らしい女の子、B子(仮) (ふむふむ)と心の中でうなずいているブサイクなおっさん、C男(仮)、これは自分だ。 そんな隣のブサイクなおっさんなどは存在すらしないかのように女子二人の会話は続く。 A子:「でね、ライブの後でご飯食べに行ったんだけど、やっぱりその芸人さんが気になって、ご飯食べた後またライブ会場まで戻ったのね」と声まで可愛く話す。 B子:「えー?戻ったんだ!」とこちらは聞き役に徹している。 C男:(へぇ、わざわざ戻ったんだ・・・)と自分もすっかり聞き役になっている。 A子:「うん、それでね。そこにバイクが何台か置いてあったんだけど、一緒に行った子が『あれ?これってたぶんあの人のだよ?』って言うのね」 B子:「うんうん」 C男:(ふむふむ) A子:「そしたらその子が『ねぇ、せっかくだからシートさわってみたら?』って言うのね」 B子:「えー!」 C男:(ええっ!)小学生か・・・。 A子:「うん、私も、えーっ!て思ったんだけど『大丈夫だって、誰も見てないし、こんな機会ないし、やっちゃいなよ、ねぇ、やってしまっちゃいなよ!』って、その子がすごく勧めるの・・・」 B子:「うんうん、で、どうしたの?」 C男:(うんうん、どうしたいったい?) A子:「うん、確かにせっかくだからかなって思ってさわったの」 B子:「えー!触ったんだ?」 C男:(触ったんかい・・・)せっかくって何・・・? と、ここまでくると完全に隣の変態女子の話に集中していた。それでも一応視線だけは本に向けながら。 A子:「うん触った。それでね、今度はバイクにヘルメットが掛けてあったんだけど」 B子:「うんうん」 C男:(ふむふむ) A子:「友達がね『ねぇ、もうなんだったらヘルメットのにおい嗅いじゃないなよ、嗅いでしまっちゃいなよ!』って言うのね」 B子:「えー!」 C男:(ええっ・・・) A子:「で、嗅いだのね」 B子:「キャー!嗅いだんだ!」 C男:(嗅いだんかい!こら!)それもあっさりと・・・。 もう本なんて全然見ていない。 見れるわけがない。 A子:「うん、嗅いだ。で、『どうだった?』って友達が聞くから・・・」 B子:「うんうん」 C男:(ふむふむ)なんて答えたんだい?言ってごらんよ。 A子:「無臭でした、って」 B子:「わぁ、無臭なんだ」 C男:(無臭かよ!)なんだよ、“わぁ”って。で、なんで丁寧に報告してるんだよ・・・。 そもそも、いったいなんの話をしているんだ、うら若き乙女達よ・・・。 A子:「でも、なんかちょっと幸せな気分になってきて、あの人早く出てこないかなぁって待ってたのね」 B子:「うん、それで?出てきたの?」 C男:(出てきたのか・・・?) A子:「ううん、結局出てこなかったし、バイクも全然知らない人が乗っていったの・・・」 B子:「キャー!なにそれ!ウケるぅ!!」 C男:(きゃー!ウケる!) って、いやたしかにウケるけど・・・。 におい嗅ぐかな・・・。 小学生じゃないんだから・・・。 ふぅ、すっかり本を読む手が止まっていた。 それにしてもヘルメットのにおいはなかったか・・・。 そういえば昔、友人に借りたヘルメットは臭かったなぁ、あいつ今頃なにしてるかなぁ・・・とそんなことを思った金曜の午後だった。
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