あるとき枕崎(まくらざき)に出張した。
先輩と二人で。
枕崎・・・
鹿児島の南の先端に位置するカツオで有名な街。
二食温泉付きで泊まったホテルの夕食は予想通りカツオ尽くしだった。
カツオのかま煮にカツオのタタキ、カツオのマリネにカツオの味噌汁、カツオの煮物にカツオの・・・と、どの蓋を開けてもカツオだった。
まるでロシアの民芸品マトリョーシカのような、もしくは金太郎飴のような、『開けても開けてもカツオ』な夕食だった。もしこれが同じ数字のカードを当てるというカードゲームだったとしたら完全なワンサイドゲームになっていたに違いない。けれどこれはゲームじゃないし、カツオに数字など書かれているはずもない。
何回目かに蓋を開けたとき、そしてそれと同じ回数だけカツオの姿を見たとき、さすがに二人の口から溜め息が漏れ出た「はぁ、またカツオだ・・・」と。
それはまるでどこかの磯野家の夫婦が定番になった息子のいたずらにうんざりするかのようなセリフだった。
翌日、
朝から胃が痛かった。
先輩に聞くと先輩も痛いとのこと。
腹じゃなく胃が痛いというのがやばい感じだった。
ふと・・・
「初鰹を食べると長生きできるという話のその裏には、戻り鰹を食べると寿命を縮めるという話もあるんじゃないか?」と思った。
「そうやって奴らは誰にも気づかれないように世の中のバランスを取っているんじゃないか?」とも思った。
そんなワケのわからないカツオに対する疑いが頭に浮かんだけれど、次の瞬間には、そんなシステムあるわけない・・・と胃の痛みが現実に引き戻していた。
とはいえ、あれだけの数のカツオを食べたんだから、これはカツオの呪いに違いない・・・と今度こそより強い確信を持ってカツオに対する疑念を抱いていた。
なにしろあの不自然に無表情な目・・・その感情を押し殺した目の奥では絶対に何かよからぬことを企んでいるに違いないんだから。
と、そんなことを考えながら取る朝食もカツオ尽くしだった。
正直うんざりだ。
このホテル・・・客に恨みでもあるんだろうか?
そういえば前日の晩、蚊が部屋にいるから蚊取り線香でもないかと尋ねた言葉の回答に手渡されたスプレーがゴキブリ退治のスプレーだったけれど、あれも何かの陰謀だろうか?
まったく怪しいホテルだ・・・。
ところがチェックアウト時、
フロントのオババが意外な親切を見せた。
昨夜ゴキブリスプレーを寄越したそのオババがだ。
なぜか宿代を値引いてくれて、
お土産までくれた。
なんだ結構いい奴ぢゃないか・・・。
そうなると、その太った体も、そのずん胴に巻く国籍不明の服さえも、なんだか友好的なものに映るから不思議だ。
そうしてお土産でもらった小さな袋。
開けてのぞいてみるとハシ置きが入っていた。
カツオの形の・・・。
※こんな内容で書いてしまったけれど、枕崎はとてもいいところでした。